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国指定文化財 史跡
だいほうじょうあと

大宝城跡

 西、北、および東方の一部を旧大宝沼に囲まれた台地の自然の地形を利用して造築された城郭であり、東方も古い時代は沼か湿地であったと思われることから三方断崖に面した要害の地でした。
 東西288m、南北576mで台地の北方を本丸、南方を大手、東を搦手(からめて)としました。
 興国2年・暦応4年(1341)11月、春日中将顕国が興良親王を奉じて小田城よりここに移ってから、東国における南朝方の拠点となりました。
 その後、北朝方の猛攻をうけて苦戦を続け、食糧不足と城内不和のため、興国4年・康永2年(1343)11月12日落城しました。
 城主下妻政泰は討死したといわれています。
 城跡は大宝八幡宮の境内として今にその面影を留めています。
 八幡宮裏に昭和6年(1931)5月建立の『贈正四位下妻政泰忠死之地』の碑と、昭和18年(1943)11月の『下妻政泰公碑』が建っています。

 

地図

 

大宝城跡

 

指定年月日 昭和9年5月1日
所在地 下妻市大宝667
筑西市関舘・中村新田
管理者 下妻市・筑西市
製作時期 平安時代から南北朝時代

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