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JAXA宇宙飛行士 星出 彰彦さん~夢をあきらめずにもう一歩前へ~

 

        星出飛行士

 

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙飛行士 星出 彰彦さんは、中学、高校時代を茨城県で過ごしたことがあります。

 小学生のときにいだいた夢を実現させて宇宙飛行士になった星出 彰彦さんに、子どもの頃や宇宙についてのお話を伺いました。
 インタビューの最後には、子どもたちに向けたビデオメッセージがあります。

 

小学生のときの宇宙への憧れがきっかけ

 

ー宇宙飛行士になろうと思ったきっかけを教えてください。    

 

星出飛行し

 小さい時にアメリカに住んでまして、当時ケネディ宇宙センターにロケットを見に連れて行ってもらったり、SFの映画とかアニメで、宇宙戦艦ヤマト、銀河鉄道999とかスタートレックとかが流行ってた時期なので、それを観ながら、ロケットという現実の世界と空想の世界の両方を見て、単純にかっこいいなという憧れを持ちました。
 宇宙に行ってみたいなという思いが出来て、当時小学校低学年の頃でしたけど、日本人の宇宙飛行士っていなかったんです。ですけど、高校生の時に、初めて毛利飛行士、向井飛行士、土井飛行士の3人が選ばれたので、それから宇宙飛行士っていう職業があるんだなと意識し始めました。

 

ー他になりたい職業はありましたか。

 

 小学生のときは宇宙に行きたいと思いつつ、毎年気持ちが揺れていました。小学校の時って学年の最後に、なりたいものっていうのを文集に書きますよね。それがパイロットだったり、警察官だったり、消防士だったり駅員さんだったりと書いていましたね。ところが、最終的にはやっぱり戻るんです。宇宙に行きたい、宇宙飛行士になりたいと。そういう意味では、宇宙飛行士になりたいという夢は継続していたと思います。

 

ー活発なお子さんでしたか。

 いえ、普通の子どもでしたよね。もちろん、自転車に乗って友達と遊びに行ったりということもしてましたし、川が近かったので川に遊びに行くとか。夕方になるとテレビを観に帰ったり、本当に普通の子どもでしたね。友達ではサッカー部に入って活躍している子とかいましたけど、自分は特にスポーツができたわけでなく、普通の子でしたね。

 

ー勉強は好きでしたか。       

 

星出飛行し

 算数は好きだったんですよね。非常に教え方が上手な先生がいて、算数を好きになる教え方をしてくださったので、それもあって算数が自分の中でも好きな科目になりましたね。他の科目はまあ普通だったと思います。
 結果的にこういう職業に就きましたけど、当時は普通にみんなと一緒にいたずらをし、遊び、という子どもでした。

 

 

ー印象に残っている先生はいますか。

 

 小学校の時に作文で宇宙飛行士になりたいって書いたこともあったのですけど、宇宙飛行士になったときは完全に書いたことを忘れてたんですよね。当時の先生が作文をとっておいてくださって。長くお付き合いさせていただいている先生なんですけど、「こういうの書いてたよね」ってわざわざ送っていただいて。見て初めて「あ、そういえば書いた記憶がある」と。そういう意味で、当時から目をかけてくださっていたんだなあという思いがあります。
 中学、高校は寮がある学校だったので、寮に住みながら生活をし、勉強をし、部活に励んだ生活の中で、いろんな先生に本当にお世話になったなあと思います。先生と生徒の結びつきが強かったので、いまだに学校に伺うとよく覚えていただいていて、皆さんにお世話になったと思いますね。 

 

ーご出身の茗溪学園で特徴的な「体験活動」を経験されたことは、夢を実現させることや現在の仕事に活かされていますか。

 一番大きいのは寮生活じゃないかと思います。中学1年から寮で生活をするという体験をしたわけですけど、いきなり200人ぐらいの兄弟ができて、一緒に生活をしなくちゃいけない。もちろんみんなが常に気分がいいわけじゃないでしょうし、けんかもしましたし、そういった中でどうやって共同生活をするかっていうのを身につけたっていうのは非常に良かったと思います。
 国際宇宙ステーションでは6人の宇宙飛行士が共同生活をするわけですけど、それぞれ文化的な背景が違う、考え方も違う、キャラクターも違う、そういった中でどうやってチームとして活動するかっていうことは、当時の寮生活の経験がすごく役立っていると思いますね。

 

 つくばにいたから…

 

ー茨城県での思い出と、現在の茨城県についての印象を教えてください。

 

 当時は学校とその周りに田んぼと家があるぐらいで、東京に育った子供にとっては大きなカルチャーショックでしたけど(笑)、寮に住んで、自然に触れ合うことができたのはありがたかったなと思いますね。
 それから30年くらいたちましたけど、つくばエクスプレスも開通しましたし、当時に比べると非常に栄えているという印象を持っています。
 中高生のときは毎年、つくばにあるいろいろな研究機関を訪問するといった学校行事があったんですが、筑波宇宙センターを回るコースを必ず選んでいました。
 高校2年生からシンガポールに留学していたときには、ロケットの研究論文を書くために、宇宙センターの方に相談に乗っていただきました。つくばにいたので宇宙センターとも接点があって、お世話になることができましたし、ゆくゆくはこういう道を選んだきっかけになったんじゃないかなと思います。

 

 

           星出飛行士

        

 

 

 

 憧れてた宇宙へ!

 

ー初めて宇宙に行ったときに感じたこと、考えたことを教えてください。

 

  2008年にスペースシャトルディスカバリー号で初めて宇宙に行ったときは、打ち上げの瞬間から、上昇して、宇宙に到達するまでは、基本的に訓練で何度も何度もやった風景そのままだったので、もともと緊張するほうなのですが、あまり緊張せずに済みました。実際に宇宙に着いて、まだシートベルトしてるので体は浮き上がらないんですけど、一番最初の仕事が、隣の宇宙飛行士からヘルメットを預かってそれをバッグの中に入れるっていう作業なんです。訓練の時はヘルメットを膝の上に置いてバッグを開いてたのですが、同じようにバッグ開いてふっとヘルメットを見たら、ヘルメットが目の前に浮いてクルクル動き出して。それを見て「あ、来ちゃった」って。ついにずっと行きたいと思ってた宇宙に来たんだなっていう実感を持ちました。

 

 その時のミッションっていうのは、日本の実験棟「きぼう」の船内実験室を宇宙ステーションに組み付けるっていう非常に重要なミッションだったので、20年以上にわたって皆さんが開発されていたものを、間違いなく取り付けなくてはいけないという責任感の方を非常に強く感じてました。すぐ仕事モードに…。「しっかりやらなきゃ」という感じでしたね。
 

 宇宙ステーションに船内実験室を取り付けて、いろんな作業を経てハッチを開けたわけですけど、その時は船内実験室にいろんな装置が入ってない状態で、非常に広かったんですよ。宇宙ステーションの中でもそんなに広いスペースがあまりないので、ほかの宇宙飛行士もみんな入ってきちゃって、盛り上がったんですよ(笑)。体育館みたいな感じで、ぐるぐる回ってみたり、ど真ん中で浮いてみたり、いろんなことをやって楽しんでいるんです。僕はまだ作業の途中だったので、みんなを横目に地上と交信しながら、「これ終わったよ」とか言ってたんですけど、やっぱりうれしかったです。他の仲間が楽しんでくれるっていうのもそうですし、20年以上にわたって作り上げた船内実験室が確実に取り付けられて、スイッチが入ったというのを見た時はすごくうれしかったですね。一番うれしかったのはその時ですかね。


 ただ、そこで終わりではなく、そこからまた作業が続くので、いろいろな場面で、「ああうれしい、良かった」っていうのが一瞬あるんですけど、すぐに切り替えて次の作業のことを考えてましたね。

 地球に帰ってきて、一瞬緊張が解けたというか、ほっとしましたけど、そこで完全燃焼というものでもなく、燃え尽きたぜっていう感じでもなくて、それはまだ最初の段階なのかなあと。帰ってきてホッとして、また次に向けてがんばらなきゃとそんな感じだったので、気が抜けるということはなかったです。

 

 2回宇宙に行って、1回目は2週間、2回目は4ヶ月も宇宙にいて、両方とも帰ってきたくなかったっていうくらい楽しい時間を過ごしました。宇宙に行った自分の中の変化としては2つあるかもしれませんね。

 1つは長期滞在したときですけど、人間が宇宙で生活すること自体はもう日常の延長線なんだな、非日常ではないなという風に強く感じましたね。例えば食事も宇宙食ですし、体もお風呂がなくて拭くだけだったり、特殊なトイレを使わなきゃいけないっていうことはありますけれども、普通に人間が宇宙で生きられる時代になったんだなあということは強く感じました。
 

 それからもう一つは、真っ暗な宇宙空間を、底が見えるかなあってずっと見てると、底がないんですよ、当たり前ですけど。吸い込まれそうになる。ものすごく怖い感覚だったんですが、その時は、それでも地球があるから生きていけるんだと、逆に地球の大切さを頭ではなくて心というか肌で感じた瞬間でしたね。そういった意味での価値観の変化というのはありました。神を見たとか宗教に目覚めたとか、そこまではありませんでした(笑)。地球の大切さを肌で理解できたんじゃないかなあと思います。

 

夢をかなえる ー好きだからあきらめなかった

 

ー人生の中では思ったとおりにいかなかったことがいろいろあったと思いますが、宇宙飛行士になる夢をあきらめなかったのはどうしてですか。

 やっぱり好きだからというのと、宇宙に行くんだという思いですかね。信念っていうとかっこいいですけど。自分の中で宇宙に行きたいんだという思いがあったので、3回目の挑戦で宇宙飛行士になりましたが、あきらめなかったっていうのはそういうのが根底にあったんじゃないかと思いますね。
 ラグビー日本代表の五郎丸選手も言ってましたけど、やっぱり信念とか好きだっていう思いが強かったのが一番の要因じゃないかと思います。

星出飛行士

 1回目は大学4年生のときで、まだ大学の卒業資格も実務経験もなかったので、「受けても落とすよ」と言われまして、それから宇宙開発事業団に入社をしました。2回目に受けた時は最終選抜試験までいったんですけど、「残念だけど」って。ただその時に、ほかに受験していた方々と結構仲良くなるんですけど、それぞれの分野でものすごく活躍をされている方々だったんですよね。そんな中で、「自分が宇宙飛行士になっていいんだろうか」という一瞬の迷いが発表の前夜にありまして。「残念だけど」って言われたときに、「あ、これで時間ができた。もうちょっと自分を磨く時間ができた」っていう思いのほうが先に来たので、ステップアップをして3回目に臨めたということなのかなあと思います。もちろんその時に、次の募集がいつになるのかは分からないわけですけど、それでも自分の中で足りなかったところを強化しようとか考えることができたので良かったです。宇宙飛行士になるんだという強い思いを持っていたのは事実だと思います。

 

ー子どもの夢を育てるため、夢を持ち続けるため、可能性を見つけるために、親はどういう手助けをすればよいと思いますか。

 「夢を見つけられない」という話をよく聞くんですけど、まずはいろんなことにチャレンジするとか、いろんなものに触れるとかということが必要なのかと思っていて、親としては、いろんなところに行くでもいいですし、いろんなスポーツを経験させるでもいいですし、いろんな世界を感じる、触れる、そういう機会を作ってあげることがまず大事なんじゃないかなと思います。
 子どもが夢を見つけた後は、サポートしてあげるのが大事なのかなと。もちろん、子どものすべての夢がかなうわけじゃないかもしれませんが、そこで、夢・目標に向かってがんばるっていう過程が、そのあとどんな道に進むにしても生きてくるんじゃないかと思います。いろんなサポートの形があると思うんですけど、親として親身になって精神的にサポートしてあげるっていうのが大きいんじゃないかと思います。

 

仲間が一番大切

 

ー星出さんが一番大切にしているもの、大切にしていることは何ですか。


 仲間ですね。中学・高校と水泳部に所属し、寮生活も経験しまして、そのあと大学ではラグビーをやって、いずれもチームで活動し、その中でお互いに助け合えたっていうのは仲間がいたからです。宇宙ステーションで生活とか作業している中でも、宇宙飛行士だけで何かできるわけではないんですよ。ロケット作ってくれる人がいたり、訓練のインストラクターがいたり、地上の管制官がいて、そういう人たちとコミュニケーションとることによって、できることがどんどん増えていく。そういう意味で、チーム・仲間が一番大切だと考えますね。
 

 宇宙船の中で一番大事な装置って、例えば生命を維持するための二酸化炭素を除去する装置とか、酸素を供給する装置とか、電気とか色々あるんですけど、通信が途絶えたら一番嫌だなと思うんですよ。地上の人と話をして、こういう状態なんだよとか伝えることによって、地上が助けてくれる。あるいは、地上が何かできないときに、軌道上の宇宙飛行士にこれをやってほしいという、そういう通信が途絶えたら一番嫌だなあと思います。地上の仲間、宇宙ステーションの仲間もいますけど、そういった仲間が一番大切、重要かなあと感じます。
 

 意見をお互いに言い合ったりしますけど、100%の正解っていうのはある方が少ないので、お互いに意見を言って最終的に決めたことについてはみんなでサポートするっていう姿勢が大切だと思います。

  

            星出飛行士

 

 

 

もっと遠くに行きたい

ーこれからの夢、やりたいことは何ですか。

 大きく3つあります。また宇宙に行きたいなというのが一つ。それから、より遠くに行きたいっていうのが一つです。今、宇宙ステーションっていうのは、高度400キロ上空にあるんですけれども、それよりも遠い月とか火星ですとか、さらに遠くに行ってみたいなあという思いがありますね。火星は年齢的に手が届かないかもしれないですけど。
 もう一つは、今は宇宙飛行士しか宇宙に行けない、一握りの人しか行けない宇宙ですけど、本当に皆さんに行ってほしいなあと思うので、より多くの方々が宇宙に行けるような時代になってほしいと思ってます。
 今軌道上にいる油井飛行士もそうですし、ほかの日本人宇宙飛行士の活動も含めて、我々がやっている活動が将来そういう方向につながっていけばいいなあと思っています。

 

 

壁にあたっても、あきらめずにもう一歩前へ!(子どもたちへビデオメッセージ)

 

          星出さん動画

 

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【星出彰彦さんのプロフィール】

 星出 彰彦(ほしであきひこ)
 JAXA宇宙飛行士

 1968年東京都生まれ。1992年宇宙開発事業団(現JAXA)に入社。1999年3度目の挑戦で、ISS(国際宇宙ステーション)に搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜される。
2001年宇宙飛行士として認定。2008年6月スペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗してISSへ。約4週間滞在して「きぼう」日本実験棟船内実験室のISS取り付け作業などに参加。2012年7月ソユーズ宇宙船に搭乗してISSへ。約4か月間滞在し、小型衛星放出や3回の船外活動などを行った。        

   

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