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大相撲 荒磯親方(第72代横綱稀勢の里関)

 茨城県近代美術館の企画展「生誕90周年記念 手塚治虫展(2019年6月15日~8月25日)」では、「鉄腕アトム」「火の鳥」「ブラック・ジャック」をはじめ、“マンガの神様”と称される手塚治虫(1928-89) が生涯に手がけたおよそ15万枚に及ぶ原稿から厳選した約300枚と、映像・資料等を展示し、手塚作品の歴史とそこに込められた「人間とは何か」「生命とは何か」といったメッセージを紹介しました。これに併せて、優れたマンガ作品のもつメッセージを、多くの県民に知ってもらうため、荒磯親方(第72代横綱稀勢の里関)をゲストに迎えて7月31日にトークイベントを開催しました。

 

記念品と親方

 

 親方の小学校時代の恩師である葉梨 修 氏(荒磯親方の母校「松葉小学校教職員の会」事務局長)が聞き手となり、マンガ「北斗の拳」のラオウの生き方と自身を重ね、どんな苦境に立とうとも多くを語らず稽古に邁進した、荒磯親方の相撲にかける思い、喜びや葛藤など、その胸のうちを語っていただきました。

 

僕の化粧まわしはラオウでお願いします

 荒磯親方と「北斗の拳」との出会いは、大関時代のことでした。「もし横綱に上がったら、化粧まわしを贈る」という約束をきっかけに北斗の拳を読み、「一番ラオウがかっこいいなと思った」そうです。

 「わが人生に一片の悔いなし」というラオウの言葉が非常に印象深いと語る親方は、引退に際し「我が土俵人生において一片の悔いもございません」という言葉を残しました。

 

-北斗の拳からの影響は。

 ラオウはものすごく言葉が少ないんですけれども、その中に「力と愛がなければ人は救えない」という言葉がある。非常に、沈黙の美学がありましたし、そうゆうところが少し似てるのかと、自分に照らし合わせながら見ていました。

 

-親方の相撲人生と共鳴する、重なるところは。

 相撲に関しては、やりきりましたから。

 

積み重ねて強くなる

-成績が伸び悩んだ時の心の持ちようは。

 (そんな時は)やっても、やっても上手くいかないことだらけで、それでも腐らず「やってやる!」という気持ちで毎日稽古場へ行っていたんですけど、その中でも、いろんな良いタイミングで人に会って、僕は本当に恵まれていて、そうゆう人にアドバイスをもらいながら、人に助けられて、救われた相撲人生だったな、とも思います。

 なかなか自分は一回で覚えるタイプじゃないんですよね。1回じゃできないから3回、4回やろうという気持ちで「今日より明日は強くなろう。明日より明後日強くなろう!」と、一日一日積み重ねて強くなるんだという気持ちでやり続けましたね。

 

トークショー自身の経験を語る親方

 

横綱は見る世界が違う

-大関と横綱の世界は違ったでしょうか。

 これは本当に全く違いましたね。横綱になっての2年間は(入門してからの15年とは)全く別な2年間でした。横綱に昇進したときに、はじめて綱を締めるんですけども、綱をつけた瞬間になんともいえない衝撃というか、頭からつまさきまで抜けるような衝撃を受けて、これだけの「重さ」なんだと感じました。前の親方(鳴戸親方)が「横綱は見る世界が違うんだ」と言っていましたが、(やはり)全然違う。

 

前に出るのが相撲の基本

 稀勢の里関は、大関に在位した平成24年から平成29年にかけての休場(不戦敗)がわずかに「1」という、ケガの少ない力士でした。会場に訪れていた少年力士達に向けて、ケガをしない方法について語ってくれました。

③トークショー子どもたちからの質問

 “ケガをする相撲”を取るとケガをするんですよね。ですから、僕も後ろに下がったときにケガをしました。相撲というのは後ろに下がる時にケガのリスクが非常に強くなるんです。前に出るのが相撲の基本なんですけども、前に出る相撲を取ってケガをした人はあまり見たことがないですね。

 相撲の基本、「前に出る、前に出る」っていうことが、僕もそれをやり続けたことが、・・・最後はケガをしましたけれども、ケガをしないでやってきた、しなかった(ことにつながったと思います。)

 大人になるとなかなか底力がついてこないから、やっぱり今が一番大事だと僕は思います。若いうちにいくら頑張ったか。いくら苦しい思いをしたか。大事なのが、稽古なんですよね。

 

 質疑応答では、少年力士からの「体を大きくするには」といった質問にも丁寧に答えていただきました。また、県立水戸農業高校相撲部江連春樹さん(2年)の「脇を締めるコツを教えてほしい」という質問に対しては、相手を押す「ハズ押し」について、親方が直接技術指導を行って大きく歓声も上がり、盛況のうちに終了しました。

 

④指導する親方

 

インタビュー ~夢のために、日々勉強~

-引退してから相撲を見て、「今までとは全然違う感覚」だったとも語られていますが、親方になって変化したことはありますか?

 そうですね、(現役の時は)自分がどうしたいこうしたいと考えることが多かったんですけれど、(自分以外に対して)「どうしたら力が出るか」「どうしたらいい相撲が取れるか」考えたりする気持ちが強くなった。その考えの変わり方っていうことでも違います。今も探り探り、一日一日勉強しながらですね。毎日毎日やっていますね。

 

-大相撲の解説も非常に評判になっています。先ほどの子どもたちに向けての説明も、非常にわかりやすい言葉で説明していただいてるな、と感じました。

 「人に伝える」ってすごく難しいことです。僕もどっちかというと感覚人間だから、擬音でドン!とか、バン!とかいうタイプ。だけどやっぱり今は、映像を見せながら、ちゃんと言葉で説明しないと理解してもらえない。そういうところでも、自分の相撲はこうなんだよってことをね、言葉で伝えるっていう作業も、ものすごく勉強になります。

 今日、たくさん人の前でお話しさせていただいたことも勉強になりますし、ありがたいことです。みんな喜んでくれたからよかったです。

 

-以前に横綱朝青龍関が、「対戦相手に負けたくないって気持ち、悔しい気持ち、そういうものを感じたのは一人だけだったと思う」と、荒磯親方について語られています。御自身では、どのように思われますか。

 もう小さいときから負けるのがすごい悔しかったから。でも、そんな器用な方じゃないからですよね。だから負けないために何をするかっていうことは、よく、小さいときから考えていた。相撲界に入ってきて、そういうふうな、小さいときの気持ちを忘れないでやってきたことが、朝青龍関に認められたってことは、相撲取り冥利に尽きるというか、非常にうれしいことだと思いますね。

 

-茨城県では、高安関にかかる期待も大きくなっています。

 同じ部屋の高安には目をかけています。茨城って相撲熱がすごく熱いし、そろそろ高安も恩返しするつもりで優勝しないと、もう二度と茨城の地に足を踏み入れられなくなるというようなことになってしまうかもしれない(笑)

インタビュー笑顔の親方

そうならないためにも今、一生懸命に後押しというか、アシストして一緒に稽古してます。
やっぱりあの天皇賜杯を抱いた瞬間っていうのは今でも忘れられない思い出になったし、それを後輩にも味わってほしいなって思いますよね。そういう思いを持ちながら、稽古つけてますね。

 


 

-今後の夢や目標は。

 子どもたちにも、いろんな人たちにも、相撲のよさっていうのは今後伝えていけたらいいなと思います。また、新しいスターですね、茨城から出てきてほしいなっていうのも、僕の夢ですしね。そのためにも、もういろいろ手助けと言うか、やれることはしっかりやっていきたいなと思いますね。

 

 このほかにも親方は、トークイベントで「力士になりたい」という児童に、野球、ラグビー、レスリングなど様々な競技に親しんだ自身の経験を踏まえ、走ったり、泳いだりして、体を使って遊ぶことが将来の伸び代になる、と次のようにメッセージを伝えてくれました。

 

インタビュー語る親方

 

「一生懸命やることが将来につながる。いっぱい遊んで、体を動かして頑張ってほしい」

 

荒磯親方のプロフィール

本名 萩原寛(はぎわらゆたか)
しこ名履歴 萩原 → 稀勢の里
最高番付 第72代横綱
生年月日 昭和61年7月3日
出身地 茨城県牛久市
得意技 左四つ・寄り・突き

 

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