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国指定文化財 史跡
ひたちこくふあと

常陸国府跡

 常陸国府跡は、霞ヶ浦に注ぐ山王川と恋瀬川によって形成された石岡台地上に位置する古代の官衙(かんが)遺跡です。
 遺構は、7世紀末から11世紀にかけての変遷が認められます。7世紀末には、桁行六間(約10.8m)の身舎(もや)の東に廂(ひさし)をもつ南北棟を正殿とし、東西棟の脇殿、南北棟の前殿が整然と配されています。8世紀前半には、建物配置が大きく変わり、塀で囲まれた一辺約100mの区画内に、東西棟の正殿、南北棟の脇殿が「コ」字形に配されるようになります。この区画と配置は、若干の拡張や縮小はありますが、基本的に9世紀後半まで存続します。8世紀中ごろから9世紀後半には、この区画内は主要な建物配置や中軸線を継承しつつ、正殿が桁行七間(約12.6m)に拡張されます。
 10世紀以降は、塀で囲まれた区画はなくなりますが、従来の正殿の中軸線を踏襲した位置に、東西棟の掘立柱建物1棟が配され、一回の建て替えが認められます。このほか、この区画の約55m北側には幅約4mの8世紀代の東西溝があり、これらの施設群全体の北辺を区画する施設と考えられます。
 これらのうち、8世紀前半に成立する塀で囲まれた区画は、一辺約100mという大規模なもので、その内部に「コ」字形に配された正殿、脇殿等が並びます。正殿の中軸線はおよそ300年間にわたり踏襲され、高い計画性が認められます。また、西側に隣接する建物群も同様な規格をもつ大規模なものです。
 このように、常陸国府跡は中心部分の建物配置がほぼ判明し、7世紀末から11世紀にわたり、高い計画性をもつ建物群の変遷過程が明らかになりました。

 

 

常陸国府跡

▲常陸国府跡
(写真提供 石岡市教育委員会)

 

指定年月日 平成22年10月20日
所在地 石岡市総社一丁目278番ほか
管理者 石岡市
指定面積 28,540.89m2

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