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平成25年度 歴史の道調査報告 中世部会(第3回)

日時

平成25年12月28日(土曜日)

 

調査区域

 鎌倉街道(徒歩による調査)

 午前 結城市立江戸南小学校付近~結城市七五三場(しめば)付近

    結城市東茂呂(もろ)付近~結城市北茂呂付近

 午後 諏訪(すわ)神社、香取神社、北毛呂の稲荷山付近

 

調査員

高橋(専門委員)、清水(調査員)、内山(調査員)、飛田(調査員)、宇留野(調査員)、比毛(調査員)、前川(調査員)、松本(事務局)

 

調査の概要

 今回の調査は、清水調査員が、金沢文庫所蔵の「下総国毛呂郷絵図(しもうさのくにもろごうえず)」及び関連資料を基に復元した鎌倉街道のル-トについて追跡したものです。調査は、冬の冷え込みが厳しい中、徒歩で行いました。 
 調査手順としては、はじめに、清水調査員が、市村高男著「金沢称名寺領毛呂郷(かなざわしょうみょうじりょうもろごう)」(『結城市史第四巻 古代中世通史編』第2編第4章、1982年)を基に復元した「山河暁尊の称名寺への所領寄進領域」を追跡しました。領域内には、「渡し」を想定させる地名のほか、大境や古屋敷等、毛呂郷の景観を考える上で重要な中世地名が点在しています。また、中世史料に登場する神社等が数多く存在しています。本調査では、これらを総合的に検討しました。
 その後は、清水調査員が想定する「毛呂郷の鎌倉街道」を確認しました。途中、地域の方々から、聞き取り調査を実施しました。年末のお忙しい中にもかかわらず、多くの方が協力して下さり、大変有意義な調査が実施できました。

現地踏査の様子

▲現地踏査の様子

確認調査の様子

▲確認調査の様子


 

結城市立江戸南小学校付近~結城市七五三場(しめば)付近

 結城市立江戸南小学校を南下し、七五三場(しめば)付近に向かいました。目的地は、「山河暁尊の称名寺への所領寄進領域」案の南西端部にあたる「堺堀(さかいぼり)」です。堺堀は、金沢文庫所蔵の「下総国毛呂郷絵図」の中にも登場する溝です。毛呂郷と志目波郷の境界線にあたる溝で、これに南北に交差する形で「鎌倉大道」が所在すると考えられています。これを仮に鎌倉街道Aル-トと呼びます(これについては、次回再確認)。景観としては、筑波山や那須の山々がランドマ-クとなる素晴らしい眺望でした。

鎌倉大道と想定される箇所を眺める

▲鎌倉大道と想定される箇所を眺める

堺堀と想定される箇所

▲堺堀と想定される箇所


 その後、堺堀に沿って、東に直線的に進みました。目的地は、「山河暁尊の称名寺への所領寄進領域」案の南東端部にあたる「加々間堀」です。加々間堀は、志目波郷と尾崎郷の境界線にあたる溝です。景観としては、一面、田園風景でした。
 再度、堺堀に戻り、北進しました。途中、「船橋」等、渡しを想定する地名が見られました。地域の方からの聞き取り調査によって、かつて、この周辺に渡しがあったという話を聞いたことがあるという情報を得ることができました。
 また、周辺では、馬頭観音や十九夜供養塔等、近世以降の石塔類を多く見かけました。

「船橋」の地名

▲「船橋」の地名

石塔類の様子

▲石塔類の様子


 

結城市東茂呂付近~結城市北茂呂付近

 続いて、「山河暁尊の称名寺への所領寄進領域」案の北限と想定される東毛呂の道を東から西に向かって進みました。ここは、かつて毛呂郷と武井郷、大町郷との境界線にあたる溝が走っていたことが想定されています。名は、南限と同様に「堺堀」といわれるようです。現在は、交通量の激しい道路となっており、溝や堀の痕跡等は、見受けられませんでした。

近世の石塔類

▲近世の石塔類

北限の堺堀の様子

▲北限の堺堀の様子


  堺堀と想定される道路を更に西に向かうと、渡しを想定させる水路が確認できました。水路は、谷津に向かって緩やかに下っていました。以上で午前の部の調査は終了。

渡しを想定させる箇所

▲渡しを想定させる箇所

渡しを想定させる箇所の確認調査

▲渡しを想定させる箇所の確認調査


水路の様子

▲水路の様子

谷津の様子

▲谷津の様子


諏訪(すわ)神社、香取神社、北毛呂の稲荷山付近

 午後のスタ-トは、諏訪神社及び香取神社周辺の確認調査です。いずれも中世史料に登場する重要な神社です。諏訪神社周辺には、香取神社に向かって南北に延びる幅4~5mほどの道の痕跡が見受けられました。
 また、香取神社に沿った直線的な道は、鎌倉街道の小径の雰囲気を醸し出していました。

結城市指定文化財「諏訪神社」

▲結城市指定文化財「諏訪神社」

諏訪神社

▲諏訪神社


道の痕跡

▲道の痕跡

香取神社

▲香取神社


 その後、北茂呂の稲荷山周辺に向かいました。目的は、清水調査員が復元した2つの鎌倉街道の追跡調査です。これを仮に鎌倉街道Bル-ト、Cル-トと呼びます。
 はじめに鎌倉街道Bル-ト。これは、結城市指定史跡「稲荷塚」に沿って南北方向に直線的な道が走ると想定するものです。稲荷塚に沿った道は、畑として耕作されており、現存していませんでした。更に南下すると、砂利道が直線的に走り、谷津に向かって緩やかに落ち込んでいました。その先は、地形から、斜面状の法面に沿ってカ-ブを描いていると推定されますが、道は現存していません。

稲荷塚

▲稲荷塚

鎌倉街道Bル-ト

▲鎌倉街道Bル-ト


稲荷塚とつながる道

▲稲荷塚とつながる道

古文書等から復元した道の様子

▲古文書等から復元した道の様子


  次は、鎌倉街道Cル-ト。これは、清水調査員が古文書等を基にして復元したものです。調査では、山の斜面に沿った地形や階段状の段差等、見逃さず、細部にわたって検討しました。

山の斜面に沿った地形

▲山の斜面に沿った地形

階段状の段差

▲階段状の段差


 最後に、堺堀と想定される道路を更に西に向かって、「山河暁尊の称名寺への所領寄進領域」案の北西端部にあたる「毛呂堰(もろぜき)」を目指しました。
 日没のため、ここで調査は終了。

「毛呂堰」を目指す

▲「毛呂堰」を目指す

「毛呂堰」推定地周辺の確認調査

▲「毛呂堰」推定地周辺の確認調査


「毛呂堰」周辺の様子

▲「毛呂堰」周辺の様子

細部にわたって検討

▲細部にわたって検討


 

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