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ホーム > 芸術文化・スポーツ > 芸術文化 > 歴史の道 > 近世第8回調査 岩城相馬街道 下孫岩ヶ峰墓地内石塔(日立市多賀町)~御稗蔵跡(日立市鮎川町)~街道脇の馬力神(日立市城南町)~助川海防城跡(日立市助川町)

歴史の道調査事業 近世第8回調査

日時

 平成23年12月11日(日曜日)9時30分~16時30分

参加者

 小野寺(専門委員)、長谷川(調査員)、大嶺・山屋(茨城大学)、高野(事務局)

 

岩城相馬街道 下孫岩ヶ峰墓地内石塔(日立市多賀町)~御稗蔵跡(日立市鮎川町)~街道脇の馬力神(日立市城南町)~助川海防城跡(日立市助川町)

下孫岩ヶ峰墓地内石塔(所在地 日立市多賀町一丁目17番)

 常陸多賀駅前を通る街道沿いの墓地内に、文化、享保年間の馬頭観世音を始めとする石塔群がひっそりと立ち並んでいます。もともとは本街道沿いにある辻や分岐点に立てられていたものが、後世の開発等に伴ってこの地に移されたものと思われます。

 “馬頭観(世)音”や“馬力神”といった石塔は、近世以降の国内流通に大きく貢献してきた馬に対する感謝や畏敬の念から、馬が急死した路傍や馬捨場などに多く祀られたものです。

 

下孫岩ヶ峰墓地内石塔

▲下孫岩ヶ峰墓地内石塔

 

御稗蔵跡(所在地 日立市鮎川町二丁目)

 文化6年(1809年)、それまでたびたび人々を苦しめてきた飢饉に備え、米や稗を貯蔵するために水戸藩によって設置されたものです。八幡神社の南側にある油縄子交流センターあたりに建てられていました。

御稗蔵跡

▲御稗蔵跡

 

街道脇の馬力神(所在地 日立市城南町三丁目)

 国道6号線沿いを北上し、城南町に入るとすぐ左(西)側に、高さ2mほどの馬力神の石塔が見られます。昭和二年の建立と記されてあります。

街道脇の馬力神

▲街道脇の馬力神

助川海防城跡(所在地 日立市助川町二丁目)

 助川町に入るとすぐ左側に、助川小学校があります。水戸藩の海防対策を目的として徳川斉昭によって築かれた、全国的にも珍しい助川海防城跡の入口付近にあたり、現在の小学校は家臣団の屋敷跡に建てられたものです。この校庭からは、建物の間を縫って遠く太平洋を見下ろすことができます。また、多くの染井吉野の古木があり、市民から親しまれています。

助川海防城跡

▲助川海防城跡

 

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