国指定文化財  史跡

ゆうきはいじあとつけたり
結城廃寺跡附
ゆうきはちまんかわらがまあと
結城八幡瓦窯跡
指定年月日 平成14年9月20日
住所 結城市大字上山川
字古屋敷乙31番ほか
 結城廃寺跡は、結城駅から南へ約4.5km,結城市のほぼ中心からやや東よりの大字上山川・矢畑地内に所在している。古代下総国北端にあたる鬼怒川西岸の台地上に立地している。
 寺は,奈良時代はじめの西暦700年代前半に建立され,900年代に一度火災で焼失したが,鎌倉時代に再建され,室町時代中頃までの700年間にわたり存続したと考えられている,古代から中世にかけての大寺院である。
 発掘調査が,昭和63年から平成7年まで8次にわたって行われた。中心伽藍(がらん)の建物跡として,金堂跡(こんどうあと),塔跡(とうあと),中門跡(ちゅうもんあと),講堂跡(こうどうあと),回廊跡(かいろうあと),僧坊跡(そうぼうあと)及び寺域を区画する溝が確認された。その結果,西に金堂,東に塔が並ぶ,典型的な「法起寺(ほっきじ)」式伽藍配置(がらんはいち)であったこと,寺域が,東西180m,南北250mの範囲に及ぶことが判明した。
 出土遺物としては,粘土で型作りつれた小型の仏像である「せん仏」,蓮華文(れんげもん)が描かれた「舎利孔石蓋(しゃりこういしぶた)」,たる木の先端に使用された「たる先瓦」など,東日本では非常に珍しいものが発見されている。
 また,「法成寺(ほうじょうじ)」と刻まれた瓦片が出土したことにより,当時の寺院名が確認されるとともに,『将門記(しょうもんき)』に記された「法城寺」にあたる寺であると考えられている。 
 結城廃寺跡は,出土遺物などからもわかるように,古代東国にあって,極めて畿内的な特徴をもっており,仏教文化の東国への伝播と発展を考えるうえで重要な遺跡である。
 結城八幡瓦窯跡は,結城廃寺の創建時の瓦を供給した窯跡で,現在3基の窯跡が確認されている。ここで生産された瓦類は,近接する下野薬師寺跡(しもつけやくしじあと)(栃木県河内郡南河内町)との関連があり,古代の瓦生産の実態を知るうえで重要に遺跡であり,結城廃寺跡とともに指定された。

※ 漢字では表記できないため,平仮名で示しています。
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