国指定文化財 史跡
おばたきたやまはにわせいさくいせき
小幡北山埴輪製作遺跡
指定年月日
平成4年1月21日
所在地
東茨城郡茨城町小幡3735-45ほか
管理者
茨城町
製作時期
6世紀〜7世紀
遺跡は、涸沼川と寛政川にはさまれた標高22.5〜27mの台地、国道6号線の南東にある。
この場所は、赤坂・奥谷付近から南西に入った支谷が、やがて南に分岐し、さらに水路状に細く蛇行しながら進入している。
窯跡のある谷の最奥部は三叉状に分かれて曲折し、幅のせまい谷に向かって15度〜30度の傾斜地を形成する。
古くから俗に「カベット山」(壁土山)と称され、良質の粘土のとれる場所として知られていた。
1953年(昭和28)開墾作業中に人物埴輪、円筒埴輪、馬の埴輪などが出土し、埴輪製作遺跡として知られるようになった。
しかし、遺跡の調査は行われず、その後遺跡の一部が耕地化されてしまった。
最初の発見から34年後の1987年(昭和62)5月、西方250m地点から、偶然、埴輪製作の窯跡が発見され、第1次調査は1987年(昭和62)6月5日〜9月4日、第2次調査は1987年(昭和62)10月20日〜1988年(昭和63)1月20日、第3次調査は1988年(昭和63)6月1日〜8月6日まで確認調査が行われた。
出土遺物は、円筒埴輪、朝顔形円筒埴輪、人物埴輪、馬の埴輪、武人埴輪、男子埴輪頭部、笛を持つ人物埴輪の一部、土師器(坏、高坏、鉢、甑、壺、甕)などで6世紀中頃以降7世紀前半の遺跡と考えられる。
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