国指定文化財 史跡

にいはりはいじあと  つけたり   うえのはらがようあと
新治廃寺跡(附上野原瓦窯跡)

指定年月日 昭和17年7月21日
所在地 筑西市久地楽563ほか
管理者 筑西市
時代 奈良時代前期末頃
      新治郡衙跡の北200〜300mの所に位置し、近くに上野原瓦窯跡がある。
 新治廃寺跡は小貝川左岸の台地西縁にあり、寺域南端を国道50号線が走っている。現在、東塔跡・西塔跡・金堂跡・講堂跡などの基壇が残されている。東塔跡の基壇上には心礎があり、金堂跡の礎石もよく残っている。
 1939年(昭和14)より三回にわたって調査が行われ、遺構の性格が明らかになった。
 伽藍配置は中央に金堂があり、その左右同一線上に東西両塔、北方に講堂がある。中門より起こる回廊は、講堂の後方で結び終わる。いわゆる薬師寺式伽藍配置に近い特殊な形で、新治廃寺式と呼ばれているものである。
 瓦類は多くの種類があるが、その系統は下野薬師寺系に属し、結城廃寺跡とも関係が強い。
 往時の遺構をよくとどめる遺跡である。
 指定面積は37,958u(約3.8ha)である。


国指定文化財 史跡

うえのはらがようあと
上野原瓦窯跡

   
     指定年月日 昭和17年7月21日
所在地 桜川市上野原地新田
管理者 桜川市
 
    この瓦窯跡は、新治廃寺の瓦を焼いた窯と推測されるもので、上野原の山林にあり、現在は窯底の遺構だけが残っているもので、長さ13.8m、幅3.64mに達する。
 大型の平窯式で、その東半分は火床部で長さ7.8m、幅1,5mから3mで「あぶり焚き」の焚き口をつけている。
 西半分は主要部で3.64mの方形をなし、その前面両側に焚き口を低くつけ、そこから溝が井桁状に交差して窯底につけられ、奥壁部の煙道に導かれている。


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