| 国指定文化財 史跡
おだじょうあと |
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| 宝篋山の南にある小田氏の築いた平城で、1338年(延元3)10月、北畠親房の入城により一時関東地方における南朝方の中心となった。 特に親房が小田城にいるときに『神皇正統記』を著し、南朝方の正統性を主張したことで有名である。 本丸跡は周囲に土塁跡が残り、堀に囲まれている。 そられの外側にもさらに曲輪(くるわ)・堀跡がめぐっている。 堀跡は水田などになっているものの、旧時の規模をしのばせている。 |
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