県指定文化財 史跡
ほんださくざえもんしげつぐふんぼ
本多作左衛門重次墳墓
指定年月日
昭和9年8月3日
所在地
取手市台宿2-3167
管理者
本願寺
本多作左衛門重次は「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな馬肥やせ」の手紙で知られる徳川家康の家臣である。
1529年(享禄2)三河に生まれ、松平清康、広忠、家康に仕え、晩年を下総国相馬郡井野で過ごし1596年(文禄5)68歳で病没した。
玉垣に囲まれた三つの墓塔が史跡となっている。
中央の高さ1.4m、水輪の直径45cmの大型の五輪塔が重次の墓である。
特に銘はみられないが、正面には梵字が刻まれているのがわかる。
右側のやや小型の五輪塔は「坂休院、寛永四丁卯九月十二日、体誉一源浄本居士」の銘があり、重次の客人であった岡野彦五郎という人物の墓である。
左にある尖頭型の墓塔には「本多九蔵藤原重玄之墓」という銘があるので、1558年(永禄元)に戦死した重次の弟である重玄の墓であることがわかる。
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