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古墳時代末から奈良時代(約1,200年前)にかけて築かれた横穴墓群で,江戸時代からその存在が知られていた。
横穴墓は,遺体を埋葬する玄室,玄室へ通じる羨道(せんどう),入り口前の前庭部に分けられ,凝灰岩の崖をくり抜いて造られている。
館出,指渋などいくつかの支群に分かれて分布しており,これまでに百数十基が確認され,総数300基を超えるといわれている。
このうち,館出に群集している34基(620㎡)が県指定史跡に指定されている。横穴墓からは人骨のほか,須恵器,直刀,勾玉(まがたま),切子玉など多数の副葬品が出土している。
「十五郎穴」という名称は,曾我兄弟の十郎・五郎がここに隠れ住んでいたという,地元に伝わる伝説に基づいている。 |