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1336年(延元元)12月,後醍醐天皇は吉野に遷られ,政権は南朝(宮方)と北朝(武家方)とに分れ抗争半世紀余,世にいう南北朝の時代が続いた。
かのとき延元3年9月,南朝の准后北畠親房は義良,宗良の2親王を奉じ海路陸奥に向う途中伊豆沖にて暴風に遇い兵船は四散した。
辛うじて常陸東条ケ浦(桜川村・東村の湖岸一帯)に漂着した親房とその手勢数百は宮方の地頭東条氏に迎えられこの地に拠ったが,まどろみも束の間常陸の守護佐竹義篤・大掾高幹・烟田時幹・鹿島幹寛・宮崎幹顕らに攻められ,10月5日あえなくも落城,親房は阿波崎城に逃れた。
挙兵以来二旬(20日)余の出来ごとであった。 |