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西金砂神社の小祭礼は,国家安全・五穀豊穣を祈る祭りで,嵯峨天皇の815年(弘仁6)の3月以来7年目ごとに丑年・未年に行われてきている。
1739年(元文4)の春,祭りの盛儀中諸方の集落から火災が発生し,観衆が大混乱に陥ったのを見た町田の医師・土岐千角は,深く悲しみ憂え,神輿渡御の行列に火消組を参加させる必要を痛感した。 そこで,千角は,消化防災の備えの必要性を力説し,関係各村の有志とその実現を図った。
千角は,神田明神の祭礼を拝観し,火消組が供奉して威儀整然とした行列の壮観さに感銘し,その組織形容を範してそれに自己の独創を加味した町田火消行列を案出した。
組織・所作・装備などいっさい千角の指導と尽力に成った町田火消行列がはじめて小祭礼に神輿渡御の前駆として供奉したのは,1745年(延享2)の春であった。 |