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みろくの起源については水戸藩第2代藩主徳川光圀が領内巡視の折,極楽橋の下で三体の人形を発見し,のちに下大野の人の手に渡ったと伝えられている。
大野のみろくばやしは竹竿の先につけたみろく人形を,底なし舞台の中で繰り舞わせる芸能である。
三体のうち顔が青い人形が「鹿島さま」で,扇と幣束を持つ。
次に赤が「香取さま」で,太鼓を抱え,黄色が「春日さま」で,ナンバンつつこを背負っている。
囃方(はやしかた)の大太鼓・小太鼓・鉦・笛・唄に合わせ,みろく人形が滑稽に踊り,五穀豊穣を祈る。
踊る様子は子供が駄々をこねるような格好にも見えることから,「大野の駄々みろく」とも呼ばれた。
文化庁選択芸能(昭和48年11月5日)。 |