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木製彩色。一基。総高21.5p。
764年(天平宝字8)、太政大臣藤原仲麻呂は、新たに台頭してきた僧道鏡を排斥しようとして挙兵するが失敗し、敗死した(藤原仲麻呂の乱)。乱後、称徳天皇は仲麻呂や戦没した人々の冥福を祈るため、木造の三重塔を百万基造らせ、その中に陀羅尼経(だらにきょう)を納めさせた。なお、この時納められた陀羅尼経は大量印刷物としては世界最古といわれている。
百万塔は6年の年月を費やして完成し、法隆寺をはじめとする奈良の八大寺と摂津・近江の二寺に十万基ずつ寄進されたが、現在は法隆寺に残るだけで、この塔も明治時代に法隆寺から出たものと言われている。
ろくろ仕上げ、白土下地彩色で、九輪の下に「浄」の墨書がある。九輪と塔身は別製、塔身内部に陀羅尼一巻が納められている。 |